PRODUCTION NOTE

2009年、プロデューサーのノラ・グロスマンとイド・オストロフスキーは、“英国のブラウン首相が政府を代表し、一人の男に謝罪した”というニュース記事に目を留めた。一国の首相が公式に謝るなんて尋常ではない。それは、“第二次世界大戦後のアラン・チューリングの扱いに対するお詫び”だった。興味を引かれた二人は、アンドルー・ホッジスの書いたチューリングの伝記を読み、世にほとんど知られていない数学者の数奇な人生に驚く。
映画化に向けて動き始めた二人は、チューリングを「スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツからも崇拝されるコンピューターの初期の発明者」だと敬愛していた若き小説家グレアム・ムーアと意気投合し、彼が脚色を手掛けることになる。ムーアは、「何よりもこれが実話だということがショッキングだった」と語る。
脚色にあたって、チューリングの論文の題名「イミテーション・ゲーム」が、ムーアの着想の手助けとなった。そこには、機械と人間を区別するためにチューリングが発明した手法が詳細に記されている。「イミテーション・ゲーム」とは、“イミテーション=現実の人間を技術で再現すること”で、それはチューリングにとって“ゲーム”だったのだ。
2011年、完成したムーアの脚本の評判は瞬く間に広まり、ハリウッドの大物たちから好評を受けながら、まだ製作されていない脚本ランキング“ブラックリスト”の第1位に選ばれた。プロデューサーのテディ・シュウォーツマンは、「実に面白かった。歴史的に重要な事実がたっぷり盛り込まれ、魅惑的だが正当に理解されていない人物が主人公だ。映画の場面が目に浮かぶ脚本で、セリフは高度に様式化されていた」と語る。そして彼は、「これは世界が知るべき物語だ」と確信し、製作に乗り出した。

伝記とミステリーが融合した素晴らしい脚本を映像化するために、かつてない映画を生み出せる才能が求められた。オストロフスキーは、英国アカデミー賞にノミネートされた『ヘッドハンター』の力量を買って、ノルウェー人のモルテン・ティルドゥムを監督に抜擢した。
ティルドゥムは、チューリングが因習を打破しようとする、その情熱のルーツを事実に忠実に描くことが不可欠だと感じていた。「チューリングは、ひどく不当な扱いを受けたが、自分の理想を曲げようとはしなかった。彼の勇気ある行動のおかげで、世の中はそれ以前よりはマシになった。これは、他人とは異なる個性への敬意と、規範に従わず異なった考え方をする人たちを受け入れることが、いかに大切であるかを伝えるきわめて重要な物語だ。」
イギリス人ではないティルドゥムは、自身の“部外者”としての視点を生かしてチューリングの立場を捉え、物語をより普遍的なものにしようとした。当時は間違いなく英国史上でも特別な時代だったが、チューリングの考えはそんな時代をも超越していた。「だから、この映画も単なる時代劇ドラマではなく、もっと大きくてずっと意義深いものなんだ」とティルドゥムは胸を張る。

天才的な頭脳と複雑な人間性を持つチューリング役について、ティルドゥムはこう語る。「僕は自分がこの映画を手掛けることになる前から、チューリング役を演じられるのはベネディクト・カンバーバッチしかいないと思っていた。ベネディクトは豊かな感受性と強さを併せ持っている。天才に扮し、説得力を持って演じられる俳優はそうそういない。ベネディクトなら、チューリングになり切り、観る側を心から納得させられる。」
ムーアはチューリング役にふさわしい俳優を見つけて興奮したと振り返る。「チューリングは天才だが引きこもりでもあり、第二次世界大戦の勝利という困難なミッションを任される。ベネディクトはチューリングの頭脳明晰な面を表現するだけでなく、まさに彼の存在そのものを体現していた」 オストロフスキーもまた、「ベネディクトは、チューリングかいかに頭が切れ、好奇心が強く、謎めいて不可解な人物かを、観る側にちゃんと伝えている」と絶賛する。

次の問題は、ジョーン・クラーク役を演じる女優探しだった。彼女は公私ともにチューリングの論争相手であり、生まれながらの聡明な数学者だ。ジョーンは時代を先取りした女性で、多才な人物であるため、この役を演じるには熟練の演技力が要求される。ここでアカデミー賞にノミネートされたキーラ・ナイトレイが、自らクラーク役を演じたいと名乗り出た。「彼女はこの役に強烈なパワーだけでなく傷つきやすい面ももたらした」とティルドゥムは振り返る。
さらに彼は、イギリスの実力派俳優が揃ったと語る。「マーク・ストロングが登場するシーンでは、彼から目をそらすことができない。チャールズ・ダンスは彼の役柄に重厚感を与えている。この人物は生まれながらの軍部のリーダーだからね。そして、チェスの英国チャンピオンであり、人を引き付ける魅力を備え、非常にハンサムで秀でた人物だった暗号解読者ヒュー・アレグザンダーをマシュー・グードが演じてくれた。彼らと仕事ができて、とてもラッキーだよ。彼らの演技はいくら褒めても褒めたりないくらいだ。」

最高にダイナミックな映像を望んだティルドゥムは、一流の製作チームを招集した。撮影監督のオスカル・ファウラには、時代背景を尊重し、悲劇的な上品さを再現することを求めた。 プロダクション・デザインを担当したマリア・ジャーコヴィクは、デザインという意味でこの映画の中心となるのは、チューリングの発明した暗号解読機“bombe”であると気付く。そして、ブレッチリー・パークに行って、実際にその解読機が動作するのを見学する。ガタガタ音を立てて動く見事な機械から無数の赤いケーブルが伸びている様子を観察したジャーコヴィクは、ダイアルをぐるりと取り付けたbombeを忠実に再現した。彼女は、「この機械は映画の中心であるだけでなく、私たちの歴史の中心でもあるの。スクリーン上でこの機械の内部や仕掛けが見られるのよ!」と語る。 衣装デザインを担当したサミー・シェルドン・ディファーは、出来る限り当時の衣類を使うために、CC41【民間衣類1941年】のラベルが付いた、配給制度で配られた衣類を探し出した。

チューリングの物語は、スタッフとキャストの心に深く残った。この天才の半生を生きたカンバーバッチは、「僕は初めて自分をコントロールできなくなり、演技中に号泣してしまった。大きな歴史の波にのみ込まれ、不当な扱いを受けながらも、自分の信念を貫き通した彼の人生を、一人でも多くの人に伝えるのが、自分の使命だと思ったよ」と感慨深く語っている。
ムーアは関係者全員の気持ちをこうまとめる。「僕たちはチューリングの功績だけでなく、彼自身と彼の人生を称える映画にしたかった。この映画を観た人たちに難解で複雑な人物を身近に感じてもらえればと思う。僕の目標は、観客にチューリングに対して親しみを抱いてもらい、彼の考えていたことや経験したことに触れてもらうことだった。そして、チューリングがどんなに偉大な人物だったかも理解してもらいたい。」